背高泡立草
古川 真人[著]/集英社
2019年 下期 第162回 芥川賞受賞作
草は刈らねばならない。そこに埋もれているのは、納屋だけではないから。
大村奈美は、母の実家・吉川家の納屋の草刈りをするために、母、伯母、従姉妹とともに福岡から長崎の島に向かう。一体どうして二十年以上も前に打ち棄てられてからというもの、誰も使う者もいないまま荒れるに任せていた納屋の周りに生えている草を刈らねばならないのか。大村奈美には皆目分からなかった。母の美穂にどうして納屋の草を刈る必要があるのかを訊いたが答えに納得していなかった。「あんまし草茫々やったら、みっともない」。海辺に建てられた誰も見向きもしない古びた納屋。吉川家には<古か家>と<新しい方の家>があるが、祖母が亡くなり、いずれも空き家になっていた。奈美は二つの家に関して、伯父や祖母の姉に話を聞く。吉川家は<新しい方の家>が建っている場所で戦前は酒屋をしていたが、戦中に統制が厳しくなって廃業し、満州に行く同じ集落の者から家を買って移り住んだという。それが<古か家>だった。島にはいつの時代も、海の向こうに出ていく者や、海からやってくる者があった。江戸時代には捕鯨が盛んで蝦夷でも漁をした者がおり、戦後には故郷の朝鮮に帰ろうとして船が難破し島の漁師に救助された人々がおり、救助された一人の男が保護者から逸れたと思われる少年を保護した。奈美は従兄弟と一緒に敬子婆の風呂の掃除を口実に草刈りに行く時間を遅らせ、草のほとんどは叔父が持ち込んだ草刈機でほとんど刈ってしまった。時代が下って、部活の先輩が起こしたカツアゲ事件で濡れ衣を着せられた少年が酒好きな父親の気まぐれで九州一周のカヌー旅に押し出され鹿児島からやってきたという少年が現れたこともあった。草に埋もれた納屋を見ながら奈美は、吉川の者たちと二つの家に流れた時間、これから流れるだろう時間を思うのだった。帰りの車の中で奈美は母の美穂に今日刈った草の種類がなっであったかを訊く、美穂は眠け覚ましのように刈った草の名前を口にする。